こんにちは!
Be-Diamondの根岸葉槻です。

 

本日は、『私の母のこと』をお伝えできたらと思います。

 

私は母と18年間一緒に暮らしていましたが、正直あまりよく知りません。

唯一、自信を持って言えることは、
母はご飯よりも、パンが好きということぐらい。

 

母は昔から、完璧主義で、世間の評価をとても気にしていた印象があります。

また、自分のことをほとんど語らない人で、
子どもながらに何を考え、何を思っているのか不思議でした。

 

だからだと思いますが、家庭のことをはじめ、仕事や身内の問題などを
一人で抱え込んでいた母は、いつもどこか遠くの方を見ていた記憶があります。

幼かった私は、いつか母がいなくなってしまうのではないかと本気で心配し、
夜に何度も寝ている母の姿を確認していたこともありました。笑

 

ここまでのことを読んでいると、
母のことが嫌いといいますか、興味がないように感じるかと思いますが。。

実は、私が今の活動を始めようと
最後の背中を押してくれたのは母だったのです。

 

昨年、体調を崩し治療をすることになった際、
ひとりでの生活が困難なこともあり、3ヶ月間だけ実家に戻りました。

その時は、ほとんどを布団の中で過ごす生活の上、
薬の副作用だったのか、希死念慮のような症状も現れてしまい、
地獄のような日々でした。

 

そんな中だったため、当然、家族以外の人とは会いたくないし、
なんなら、スマホも見たくないような状態で。

ただその時になにも言わずにただただ見守ってくれたのが、母でした。

 

そして、症状が少し和らいできた頃、母から海に行こうと誘われました。

その時にお弁当を作ってきてくれたのですが、
それを食べながら、母と色々なことを語りました。

これまで抱えてきた様々な想いや、私たち(私には妹がいます)のことをどう思っているのかなど。
もしかしたら、これが初めて本音で話した日だったかもしれません。

 

またその時、最後に語ってくれた母の幼少期の話。

私が想像していた以上に苦労し、また複雑な想いや、劣等感などを感じていることを知りました。

 

そしてその夜に、今の活動を始めるために起業をしたいと打ち明けたのですが、
絶対に否定されると思っていた母の口から出た言葉は意外なものでした。

 

『やってみたいなら挑戦してみたら。
 ただ正直なことを言うとね、
 葉槻には無難な道を歩いて欲しいとずっと思ってきた。
 だけど、無難な道を選ぶことが、
 幸せになれるわけではないと知っているから反対はしないよ。』

 

この言葉を、笑顔で言ってくれた母ですが、
その顔が今でも忘れられません。

自分の人生と重ね、まるで自分の人生が失敗だったかのように語る母の姿。

 

だから私はこの時、応援してくれた母の気持ちを無駄にしたくない。

そして、母の人生は失敗なんかではないよということを
私の活動を通して伝えていけたらと思っています。

 

2020年5月9日

 

 

追記(2020年5月21日)

実はこの記事、本当は母の日にあげようかと思っていたのですが、
どうしても投稿する決心がつかずにいました。

それは当時、やりたいことはなんとなく定まっていながらも
考動に移せず、ぐずぐずとしていた自分がいたからでした。

 

ですが私が、愛着の大切さを伝えていきたいという明確な夢を見つけたとき
まず一番に思い浮かんできたのが、母の顔でした。

あの時、私のやりたいという言葉に対して、
何の否定もせずに応援してくれた母がいたから
いまこうして、夢を抱くことができたのだと思っています。

 

そして、この活動を通して、
世の中に貢献していきたいということはもちろんですが、
ここまでほとんど知らなかった母のことを知りたいと思っている自分がいます。

これまでの時間を取り戻すことは不可能ですが、
これからは、母との楽しい想い出をたくさんつくっていきたいと願うこの頃なのでした。

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