こんばんは!
Be-Diamond代表の根岸葉槻です。

 

今日から5月になりましたね。

月の始まりということで、今月の目標を立ててみたのですが、
その一つとして、ボディメンテナンスをすると入れてみました。

まぁ、ボディメンテナンスなんてお洒落に書きましたが、
いわゆる “ダイエット” のことです!!

 

そして本日は、このダイエットと、心の関係について
少し書いてみたいと思います。

 

私は高校生の頃に、
ほとんどご飯が食べられなくなった時期がありました。
1年ぐらいですかね。

当時は、軽く始めたダイエットがきっかけだったため、
『痩せたい』という願望からこうなってしまったのだと思っていました。

その頃の私はというと、当然いまよりも痩せていましたし、
一番印象に残っていることは、尾てい骨が痛くて体育座りができず、
友達に心配されたなんて記憶が残っています。

 

またこの時の私には、食べられないということと合わせて、
『 誰かに食べる姿を見られるのが怖い 』
という自分でも理解しがたい思いが常にありました。

 

そして、この本当の意味を知るのは、だいぶ後になってからなのですが、
私がご飯を食べられなかった最大の理由は、

『 親に心配して欲しい 』

という歪んだ感情からきていたのです。

 

いつも自分たちのことで精一杯だった両親が、
私が食べられなくなった途端に、何とかして食べさせようと、
私のために時間を使ってくれる。

本当は喜んではいけないはずのことに、
喜んでしまった自分がいたのです。

そしていつしか、
『 食べない自分でいたら、私を見てくれる、
  それが愛されているということだ 』
という間違った思考回路に変わっていったのです。

 

この本当の想いに辿りついたのは、5年ほど経ってからだったのですが、
ここ最近、さらに気が付いたことがあります。

それは、自分でも理解ができなかった、
誰かに食べる姿を見られるのが怖いという感情。

本当は 『誰かに』 ではなく、
『親に』 食べる姿を見られるのが怖いということだったのです。

 

この話はほんの一例ですが、
私は小さい頃から、両親に認めてほしいという承認欲求が強く、
それが食べないという、間違った方法で得られると錯覚したとき、
この負のループにはまっていきました。

 

そして、ここから抜け出すことができた1番の理由は、
『 自分で自分を認めてあげられるようになったこと 』からでした。

ただ最初から、100の自分を認めてあげることは出来なかったので、
行ったり来たりを繰り返しながらではありましたが。

 

今でこそ、食べることが大好きですし、
美味しいものは誰かと共有して食べた方が楽しいと思っている私ですが、
長い間、ここに向き合ってきて感じることは、
過剰なダイエットや、食へのこだわりは、
痩せたい、綺麗になりたいという想いとは別に
もっと深い部分に原因があるのかもしれないということです。

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